

高校は元全日本の先生がいる学校へ入学。練習はハードで、救急車が来たり合宿所から逃げ出す先輩がいたり。 あまりの辛さに練習中に幻覚が見えた事があった。オコシヤスと言いながら縁側でうちわを煽いでいる着物の沢口靖子がみえた。
「これが俺の限界か?別に沢口靖子が好きでもないのに?」と薄っすい意識の中で思った。
高校を卒業しても地元の社会人チームでさらに練習。
「今俺の髪は白髪になっている。もしくは毛穴がえらい開いてる。」と思えるほどカツカツになるまで練習。
地域の大会は大抵優勝だったので、ほぼ毎回優勝カップでイッキしたりさせられたり。
優勝カップはビール大瓶1本ゆうに入る。それが宴会の最初と締めにあって、泥酔した猛者たちは得点王・リバウンド王など更に飲ませる。
表彰がむしろイヤです。・・・あの時代だから許されたのではないか??
大学2年、一人暮らしをきっかけに【劇団ひまわり】へ通う。
基礎を学びながらドラマや映画に出演したりさせられたり。その後大学卒業とともに退団。外資の保険会社や銀行などへの勤務を経験した後、再び演劇界へカムバック!
放送作家として有名な中野俊成氏率いる【劇団ハラホロシャングリラ】のオーディションを受け、「一年後に劇団作るので、それまで入れて下さい」と、らしからぬ言動を吐くも主宰の中野さんに気に入られてなんとか入団。
翌年となる2000年に「THE SCAR-FACE」を結成。Vアカサカ、芸術劇場などで公演する傍ら、他団体の舞台へも精力的に出演。多くの舞台へ立つうちにシンプルなシチュエーションコメディーを渇望するようになり、2004年9月、演目『坊主と愛人』を皮切りに【 SHOW&GO FESTIVAL 】 を結成。
現在は、雑誌のモデルや地方公演の脚本・演出、専門学校の演技講師など、活動の幅をさらに広げている。




